昼前に目を覚まし、朝食を摂る。朝食といってもトーストにヨーグルト、コーヒー程度のものだ。適当に洗濯などを済まし、出かける準備をする。こんな時間から出かけてもすぐに夕方じゃないか。早起きしなかったことが悔やまれる。それでも用事があったので家を出る。ササっと用事を済ませ本屋へ。
大型書店に行くのが好きだ。本当によく行っている。上の階から順番にありとあらゆる棚を眺める。こんなふうにたくさんの本を見る。興味がない棚も見る。こういうことができるのが本屋のいいところで、Amazonではこうはいかない。前から気になっていた本を買って店を出る。
そろそろ遅めの昼食でも食べよう。もうすっかり夕方だ。久しぶりにハンバーガーでも食べようと思った。目的のお店に着き、本屋で雑誌も買っていたので雑誌を読みながらハンバーガーを食べる。ここまではよくあることなのだが、ここで事件が起こる。隣の席の人が、手が滑ったのか盛大にドリンクをこぼした。コップを倒したとかいうレベルではなく、手から放たれたように盛大に。そのとき僕は隣の席の人との間に自分のリュックを置いていた。そのリュックがドリンクでビチャビチャになったのだ。まだ買ったばかりなのに。まだ3回くらいしか使ってないのに。こんなときに「大丈夫ですよ、気にしないでください」と笑顔で言えたらどれだけ紳士的だろうか。そうしたかったが、同時にふざけるなという怒りの気持ちも湧いてきた。どういう態度で出ようかと思ったのだが、何より買ったばかりのリュックにかかったことがショックで、ただただ呆然とするしかなかった。たぶん机の上に置いていたカメラが濡れていたら怒っていたと思うがカメラは無事だった。
僕はモノの扱いがとても丁寧で物持ちがいい。別に長く使おうと考えているわけではなく、ただ単にそういう性格なのだ。小学6年生当時の僕のランドセルを見ればそれがよくわかる。まわりのみんなのランドセルはへしゃげていたり、傷がついたりしていて、なんだかかっこよく感じたものだ。それに比べ僕のランドセルときたら本当に6年間使ってきたのかと思うほどきれいだった。そんな性格だからかリュックが汚れたことがショックすぎた。こういうことがあると夜眠れなくなるほど悔しい気持ちになる。自分でこぼしたならまだしも、どこの誰だか知らない人のせいでこうなったのだ。
同じリュックをまた新たに買おうかとも考えた。現時点では買っていないが、なんだか買ってしまいそうな気もしている。一度汚れたものを持つのが嫌なのだから仕方がない。まだ地べたに直接置いたりもしていない。どうも汚れや傷が苦手だ。中古のモノとかは一切買うことができない。潔癖とかそういうのではなく、モノに対する愛着がありすぎるのだと思う。一度でも他人の元を通過したら嫌なのだ。
もし、同じものを買うのなら弁償してもらおうと思ったが、そんなこと言えるわけもなく。ドリンクをこぼした人はひたすら謝りながら、クリーニング代だと言って千円札を渡してきた。別に服は洗えばいいし、クリーニング代などいらない。それならリュック代を払ってくれ。同じものを買うから。そんなことを思っていたりもしたが、どうも怒るのは好きじゃない。どうしていいかわからなかった僕はただただ無表情で黙ったまま、濡れたところを拭き続けていた。たぶん相手も怖かっただろうと思う。謝っても何も返事をしない。怒ってすらこない。この状況でずっと黙っているだけの人を前にしているのだから。
もし、これが逆の立場だったらかなり焦っただろうなと思う。まったく知らない人にドリンクぶちまけるわけでしょ。想像しただけでゾッとする。だからこそ、こういうときにはやさしく対応するのが正解だなと思った。こういうときに爽やかな笑顔で「大丈夫ですよ、気にしないでください」と言える余裕が欲しい。こぼしてしまった人を安心させてあげたい。
もし、ドリンクをこぼしたのがかわいい女の子だったら僕だって「大丈夫ですよ、気にしないでください」と笑顔で言えただろう。その後、恋に発展するというドラマのような展開を期待するバカな脳みそを持っているから当然だ。そんな展開があるなら新しいリュックもどんどんビチャビチャにしてほしい。
しかし、実際にドリンクをこぼしたのはおじさんだった。